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北極星がなんとなく嫌いだった。
あいつはひとつだけ動かない孤独な星。
その周りを他の星がぐるぐると忙しく回っているけど気にもせず、ひとりぼっちでその場に座り込んでいる。
あいつはきっとオレだ。
動かないひとりぼっちな自分と、どんどん先へ進んでいく周り。
焦りも寂しさも悲しさもすでにない。
ただ進んでも何もないから、動く意味もないような気がするだけ。
動くってなんだろう。
どうやって動くんだろう。
なんのために動くんだろう。
何も残らなかったじゃないか。
そんなことばかりが頭の中をぐるぐる回り、その真ん中で、答えの分からない自分はやっぱり止まっているんだと再確認する。
別にそれでもいい。
目的がなければ動く意味もない。
それにたぶん、動いてしまったらすべてが『過去』のものになってしまう気がした。
誰にも気付かれなくていい。
オレはずっとここにいよう。
SNS
仕事の帰り道。
寒さが身にしみる季節になってきたなぁとか思いながら、オレは手に息を吹きかけてこすこすしながら歩いていた。
吐く息が白くて冬になったのを実感する。
ピロリン。
ふいにポケットのスマホが鳴り響いた。
この音はSNSかな?
『よく星空の写真を投稿してますけど、星見るの好きなんですか?』
スマホを見ると、さっきSNSに投稿した夜空の星の写真にきたコメントの通知だった。
コメントしてくれたのは、最近オレの投稿によく反応してくれる女の子。
彼女はなんとなくスマホで撮った、キレイでもない写真に反応してくれる数少ない人物。
自分で投稿しといてなんだけど、いつもコメントがくるとちょっと返信に困ったりする。
もともと人見知りなせいか、見ず知らずの人とはどうからんでいいのか分からない。
コメントがくるといっても結局はSNS。
顔も知らなければ本当に女の子なのかも、年齢も住んでいる場所も分からない人にどう接すればいいというんだろう。
30代も半ばを過ぎてSNSというものを始めてみたけど、今だに何のためにやってるのか自分でもよく分からなかった。
一体オレは何がしたいんだ…。
もしかしたら、どこかで誰かと繋がっていたいとでも思ったのかな。
ひとりが好きなくせに。
『星は好きですよ。よくひとりでボーッと星空を見に行ったりします』
とりあえず返信しておいた。
『わたしも星が好きです。プラネタリウムにもよく行きます。癒されますよね!』
すぐに返ってくる返事。
プラネタリウムか…。
オレも好きでよく行く場所だ。
子供の頃から宇宙が好きで、プラネタリウムだけじゃなく、星空を見によくひとりで山の方に出かけたりもする。
毎晩宇宙のことについて調べながら寝落ちするのが日課だし、スマホで夜空の写真を撮るのも好きだった。
ただ…物覚えが悪くて毎日調べても詳しいことは覚えられていられない。
頭が悪いといえばその通りだけど、おかげで何回同じことを調べても、何回プラネタリウムで同じものを見てもずっと楽しめる、というのが特技だった。
…自慢にならねえ。
『オレもプラネタリウムよく行きます。広い宇宙のことを見ていると癒されますよね』
正直に返信した。
このやりとりになんの意味があるのかな。
返信しておいてそんなことを考える自分は、たぶんおかしなやつなんだろうと思う。
ピロリン。
そんなことを考えているとすぐにくる返信。
どうしてそんなに早いんだこの子は。
SNSにかじりついてるのかな。
そう思いながらも、オレはすぐにスマホの画面に目をやった。
自分でも不思議な行動だった。
好きな星
『そうなんですよ!ほんと癒されますよね!ところで好きな星とかありますか?』
好きな星…その質問を見て、頭の中に最初に浮かんだのはなぜか北極星だった。
…いやいや、オレは嫌いだからアレ。
なんで真っ先に出てくんのお前は。
しかし…好きな星を考えてみても、なかなかパッと思い付く星はなかった。
というか思い出せる星がなかったと言った方が正しいのかもしれない。
物覚えが悪すぎてだめだ。
『北極星が好きかもです。ひとつだけ動かないところが自分みたいで』
はあああああ?
何を返信してんだオレは。
あまりにも思い付かなくて、どちらかというと嫌いなヤツを好きと言っちまった。
しかも「自分みたいで」?
孤独を気取った感じのクールボーイじゃねえかなにしてんのやめてこの嘘つき!
ピロリン。
すぐにくる返事。
『そうなんですか〜なんか深いですね!いろいろあったんだろうなぁって思っちゃいました!ちなみにわたしは北斗七星が好きです。見つけちゃいますよ〜w』
返事を見てオレは少し笑った。
嘘つきクールボーイ返信に対して、なんて明るい返事なんだろう。
北斗七星は星じゃなくて星座だよ…というツッコミを入れた方がいいのかな。
「見つけちゃいますよ〜w」って、北極星を探すのに有名な方法が、北斗七星を目印にすることだからかな。
『まぁいろいろあったのは確かですが…見つけないでください(笑)』
いろいろ考えたあげく、そう返した。
…つまんねえ!
オレは自分に呆れて天を見上げた。
なにつまんねえ返事を返してんだオレは。
それにしてもおかしいな。
オレ、このやりとりを楽しんでるのかな。
でもきっとこの返信でやりとりは終わりになりそうだなぁ。
つまんないこと返しちゃったもんな。
寒いし早く帰ろう。
オレはスマホをポケットにねじ込んだ。
ありがとう
ピロリン。
すぐにポケットから効果音が聞こえた。
え、また返信きたの?
ポケットからスマホを取り出す。
『わたしは北斗七星ですからね!わたしはいつでも近くを回って見ています!あなたの好きな北極星の近くを。だから隠れてもムダですからね!それに、北極星だってほんとは少し動いてるんですよ』
彼女が一体どういうつもりで書いた文章なのかは分からない。
でも不思議だった。
その返信を見てなぜだかハッとした。
オレはひとりぼっちだと思っていた。
でも、そう思いたかっただけなのかな。
誰もオレに気付きもしないと思ってたけど、そうじゃなかったのかな。
ちゃんと見てくれてる人がいたのかな。
気付かれたくもないなんて、本心じゃなかったのかな。
いろんなことが頭の中を巡り、今まで自分はいろんなものから目を背けていたのかもしれないと思った。
本当は知ってたんだ。
北極星も動いてるってこと。
気付きにくいくらい少しずつだけど、ちゃんとあいつも動いてる。
だけど止まっていると決めつけて、アレは自分だと決めつけて勝手に嫌っていた。
だけど違うんだ。
オレだって動いてる。
気付かないくらいゆっくりだけど、少しずつ動いて進んでる。
そして勝手に時間は過ぎていく。
だからきっといずれすべては『過去』になるし、気が付けば新しい場所に行き着く。
今はただ、その途中なのかもしれない。
『ありがとう。隠れないよ』
つまらない言葉かもしれないけど、それだけをやっと返信した。
ピロリン。
すぐに返ってくる返事。
『良かった!これからも仲良くしてくださいね!』
本当の顔も名前も知らない女の子が、大切な何かをくれた夜だった。
あなたの好きな北極星の近くを
北極星がなんとなく嫌いだった。
あいつはひとつだけ動かない孤独な星。
その周りを他の星がぐるぐると忙しく回っているけど気にもせず、ひとりぼっちでその場に座り込んでいる。
でも本当は違う。
そう見えるだけで実は動いている。
遅いけど、あいつはあいつなりに少しずつだけど進んでるんだ。
自分でも気付かないうちに。
あいつはきっとオレだ。
自分で気付かなくてもきっと、誰かが近くで見てくれている。
今は嫌いでもいずれ過去になるんだ。
そうなったら、できれば好きになりたいと思う。
もしその時がきたら、オレも誰かに言ってあげたいなぁ。
いつでも近くを回って見ています。
あなたの好きな北極星の近くを。