【漫画の名言】月光「泣きながら歯をくいしばって言え、『最低』じゃないって言いはれ!!」『月光条例』7巻

ミクジン
ミクジン

寝ぐせの王様、ミクジンです

この記事はオレの心に響いたものを書きなぐるシリーズです。

今回は『月光条例』7巻から、主人公・月光ネロのやり取りです。

『最低』じゃないって言いはれ!!

出典:藤田和日郎『月光条例』7巻

誰からも必要とされない「役立たず」な自分の人生を『最低』だと言うネロ。

月光はそんなネロに聞きます。

出典:藤田和日郎『月光条例』7巻
出典:藤田和日郎『月光条例』7巻

優しかったおじいさんがいて、いつもパトラッシュが隣にいて…。

月光は『最低』だと思っていた人生にも、本当は良い記憶もあったんだということを教えたかったんだと思います。

そして月光は言いました。

出典:藤田和日郎『月光条例』7巻
出典:藤田和日郎『月光条例』7巻

この月光の言葉を聞いた時に、自分の過去のことを思い出して何だかすげえ湧き上がるものを感じました。

最低な人生

オレも自分の人生を『最低』だと思い「もう何もなくなった」と思っていた時期がありました。

それまでは自分にとって『大事なもの』のために生きていました。

そして自分が死ぬその時まで、それが大事なものであり続けると思ってたし、なくなるなんて考えたこともありませんでした。

でもいざそれがなくなってみると、本当に、本当に何もなくなってしまったんです。

最初は悲しみや怒りなんかの感情がありましたが、最終的にはそれもなくなりました。

ただただ苦しい。

もう、ただ苦しいだけです。

心にポッカリ穴が開くなんてもんじゃない。

変な例えだけど、すごくがんばってクリアしようとしたゲームで残機もコンティニューも使い果たし、ゲームオーバーになった時の気分と似てるかもしれません。

ただ違うのは、二度と再挑戦できないこと。

そのゲームはもう二度とできないんです。

だからそのゲームは「終わった」となる。

自分の一生をかけようとしていたものが「終わった」時、最終的に残るのは「終わった」という事実だけです。

良い思い出も、場合によっては「終わった今の自分」を苦しめる材料にしかならなかったりします。

あの頃にはもう戻れないんだ、と。

だから「何もない」と思ってしまう。

『大事なもの』はもうない。

もう取り戻せない。

もう最初からやり直すこともできない。

もう何もない。

だから『最低』な人生だと思ってしまうのは、仕方のないことかもしれない。

「もう何もない」

一度「もう何もない」と思ってしまうとなかなか元には戻れません。

この「もう何もない」が本当に本当に、クセものです。

「もう何もない」と思っていると、最後には「これから先、生きていても仕方ない」と考えるようになってしまいます。

『大事なもの』をなくす前は、意識はしてなかったけどいろんなことがその『大事なもの』のために目的をもって行動してたように思います。

仕事してお金を稼ぐのもそうだし、その仕事のために体調を整えるのもそう。

大きいことから小さいことまで日常のすべてがたぶん、いろいろと目的を持って行動してました。

それ全部がたぶん、『生きる目的』でした。

その大元の『大事なもの』がなくなってしまうことで、日常のすべての目的が消えてしまったような気になったんだと思います。

「もう何もない」

それなのになんのために仕事するのか、なんのためにお金を稼ぐのか、なんのために朝早く起きるのか、目的がないのにやる意味が分からなくなる。

だから最後には「生きていても仕方ない」となって、生きる目的も分からなくなる。

普通に生活していたらまったく気にしてないけど、生きていくには大小に関係なく、目的が必要なんじゃないかなぁと思います。

「もう何もない」のは今だけ

月光が「コトバは心を喰う」って言ってましたが、あれは本当だと思います。

「もう何もない」

一度そう思ってしまうと、この言葉に縛られてしまう気がします。

「生きていても仕方ない」と思ってしまったのも、「もう何もない」と思っていたから。

でも立ち直った今よく考えてみると、「生きていても仕方ない」と思っていたのは大きな間違いだったんです。

確かに『大事なもの』をなくしたのは事実。

いろんなものを通り越して、もうただただ苦しいだけの状態というのも事実。

だけど…。

これからも未来永劫「何もない」状態のままってことは絶対にない。

それに気付けていなかった。

「もう何もない」に心を喰われて、いつの間にか「もうこの先ずっと何もない」に変わってたんです。

本当に大事なものだったんだから、なくしたその後のことなんて考えられないのは当たり前です。

確かに今は何もないかもしれない。

でも、それは今だけなんです

何もないのも、苦しいのも、なくしてさほど時間が経っていない今だからこそしんどいだけなんです。

一番何もなくて苦しい今の状態が、未来永劫続くものでは絶対にない。

これは断言できます。

時間だったり、友達だったり、家族だったり、人によってそれぞれ違いはあると思うけど、いろんなものがまた「生きる目的」を与えてくれるようになります。

そしてもしかしたら「なくしてよかったのかも」なんて笑って話す日だってくるかもしれません。

ちなみに今現在のオレは「むしろなくしてよかったぜ!」と思うようになってます。

だから「もう何もない」と思うのは仕方ないけど、それに心を喰われて「もうこの先ずっと何もない」にならないようにしなきゃいけないんだと思います。

自分のモノサシ

ネロは言ってました。

「何もなくなって『最低』の人生」だと。

オレも『大事なもの』をなくした時にはそう思いましたが、月光の言葉を聞いてハッとしました。

『大事なもの』をなくす前は最低だったのか?

よく考えてみたら『大事なもの』のために生きていた時のことを考えると、幸せだったんですよね。

本当に、幸せでした。

じゃあどうして『最低』の人生とか思ってしまうんだろう。

確かにあんまりろくなことが起こらない人生ではあるけど、本当は楽しい時も嬉しいこともたくさんあったんです。

だとしたら『最低』なのは『自分の人生』じゃなく、『その時起こった出来事』ってだけなのかもしれません。

だったら月光が言うように、その『最低』なことが起こった時に、心を喰われないように歯を食いしばってガマンしたら、また楽しいことも起こるんじゃないのかな、と今は思うんです。

だからこれからどんだけ人生が最低と思うことが起こったとしても、

「最低じゃねぇ!」

って言い続けようと思います。

そうすれば、きっとそれは気付けばただの『過去の出来事』に変わっていく。

変わってしまえば「そういやあの時は最低だったな」って笑って言える気がします。

だってただの『最低だった過去のエピソードのひとつ』に過ぎないから。

今は別に最低じゃないから。

なくしてしまった時のあの気持ちが今ではすごい悔しいから、「意地でも楽しい人生を送ってやるぜ」と思う今日この頃です。

それが今の自分のモノサシです。

もう絶対に折れてやらねぇし、くだらねえことで泣いてもやらねぇ。

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