生きるってことは目標を追うことなのかもしれない

目の前には夜景が広がっている。

冬は乾燥しているせいか、山の上から見るこの景色がよけいにキレイに見える気がする。

ここに来たのは何年ぶりかな。

もう細かくは覚えていないくらいの時間が経ったんだなあと思うと、急に時間の経過を実感して苦笑した。

周りには数組のカップル。

夜景の有名なスポットだから当たり前か。

ひとりで来てるのは自分くらいだった。

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生きるための目標

生きていくにはどんなものでも小さくてもいい、『目標』が必要だと思う。

例えば大事な人がいれば、

『守るため』

『一緒に生きていくため』

それも目標になる。

また、そうするための『小さな目標』に向けて考え、動いていく。

守るためにはお金が必要だし、お金を稼ぐためには働かなきゃいけない。

働くためには健康に気を付けなきゃならないし、健康であるためには食事や睡眠のことを考えなきゃいけない。

そんな感じで、いろんなことが関係性を持って自然に行動に繋がっていく。

ひとりでも同じだ。

『やりたいこと』

『楽しいこと』

そんなものでもあったなら、それに向かって意識しなくても自然に動くと思う。

生きていくっていうのは、『小さい目標』を追い続けることなのかもしれない。

だけど、今のオレには『目標』がない。

やり尽くしたゲームを、やることもないのに起動しているような感覚。

何もない。

生きている感覚というものがなくなって、

「なんのために生きてるのか」

なんてことを考えてしまっている。

でも何もないのに、オレはこのゲームを終わらせる勇気もない。

ほんとにオレは中途半端なやつだな。

だからここへ来てみた。

人生が『目標』だらけだったあの頃の気持ちを思い出せば、今の何もない状態から脱出できるんじゃないかと思った。

気持ちをリセットできるんじゃないかと。

何もないのはもう苦しい。

夜景を見ながらふと空を見上げると、空にはオリオン座が見えた。

ああそうだ。

あの日も確か、こんな夜空だった。

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きっとどこかにいるんだよ

「あれなんていう星座だっけ?」

朝美は空に指をさして言った。

つい1秒前まで夜景に興奮していたと思ったら、もう空見てんのかよ。

「あれは確か、オリオン座だよ」

オレは答えた。

「あ、そうだ思い出した。ええと確か左上の赤っぽい星が…ベガだよね?」

ボハーッと、手にこれでもかというくらい息を吐きながら、朝美は言った。

「あ~残念。あれはベテルギウス」

「あーんだんだ!忘れっぽいなあ、わたし。じゃあ右下の明るい星こそベガだな?」

今度は両手を高速でコスコスしてる。

 「んー残念。あれはリゲルだね」

「はあ?じゃ右上」

「残念」

「左下?」

「残念…お前どんだけベガを探し求め訴えてんだよ…悪魔くんかよ。ベガは『おりひめ星』だからたぶん今は見えないんじゃないかなあ、夏に有名なやつだよベガは」 

「へえ~、あ、あれベガじゃね?」

朝美が今度は空じゃなく、下に広がる街に指をさして言った。

街にベガなんてあるか?

指の方向をよーーーく目をこらして見るとそこには、パチンコ屋『ベガスベガス』があった。

「ベガじゃねーよ!ベガスだよ!」

「じゃあ『ストⅡ』のラスボスは?」

「ベガじゃ…ベガだよ!」

こいつやるな、と思った瞬間だった。

「でもベガはおいといてほんとキレイだね。夜景も見えるし、星も見える。自分たちが住んでる場所もこんなに小さく見えちゃうんだ、不思議だね。来て良かったなあ」

突然真顔になって朝美が言った。

「ほんとだな。オレらの住んでる世界ってこうして見るとちっさいなぁ」

「また来ようね。これからいろいろあるだろうけど、何かあってもここに来ればリセットできそうな気がするなー」

「うん、また一緒に来よう」

「いなくならないでね」

「いなくなるわけないだろ」

それを聞くと、朝美は笑ってまた空を見上げて言った。

「ベガ、今は見えないけどさ、きっとどこかにいるんだよ」

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見たくなかったもの

「ベガ、今は見えないけどさ、きっとどこかにいるんだよ」

あいつそんなことを言ってたっけな。

見えないけど、どこかにいる。

確かにそうなのかもしれないな。

今自分は何もないと思っている。

だけどただ見えていないだけなのかも。

いや、見たくなくなってるだけなのかな。

自分の本当の気持ちを自分で見えないようにして、小さい世界に閉じこもって、もう何もないと思いたいだけなのかな。

ほんとはちゃんとあるのかな。

自分のやりたいこと、守りたいもの。

ただ、気付きたくなかっただけなのかな。

気付いてしまったら、前に進んでしまったら、もう「朝美がいない」という現実を受け入れることになるようで、嫌だったのかな。

そう考えた時、何かが弾けたような気がした。

暗かったおかげで、周りのカップルたちには気付かれてなかったと思う。

わけがわからないけど涙が流れた。

いつの間にか握りしめた右手に、しっかり力が入っていてなぜか少し驚いた。

そうだ、まだ動けるんだよな。

あの日と違ってお前はもうそばにいない。

でも、そろそろ動かなきゃな。

ごめんな。

「いなくなるわけないだろ」

なんて言って、いつの間にか自分で隠れてしまっていたみたいだ。

ずいぶん長く冬を続けちゃったな。

少し、動いてみるよ。